安政6年の冬、青山留吉は24歳で北海道へ渡り小樽市祝津で雇漁夫として働きはじめました。1年後には、小規模ながら同地に漁場を開くに至り、明治期の豊漁もあって次々漁場を拡大し、最終的に漁場15ケ統余、漁船130隻、使用人300人余を有する道内有数の漁業家に成長しました。
小樽ニシン御殿を作った青山留吉の本邸です。
◎庄内空港から車で約40分