上方からは塩、木綿、日用品の他に、様々な上方文化が乗せられてきました。
 その一つが「お雛様」で、酒田の豪商たちは競って京都から豪華なお雛様を買い求め、北前船の帰り荷には数多くの「お雛様」が積み込まれました。

  北前船によって運ばれたお雛様は、酒田湊の繁栄を物語るように豪華さと風格があり、非常に贅を尽くしたものが多く、毎年春に開催される「庄内ひな街道」では旧家に残る貴重な「お雛様」が公開されます。
 市内の主要な観光施設に飾られた江戸初期からのお雛様。中心市街地の各店舗が所蔵するお雛様や素朴な土人形「鵜渡川原人形(うどがわらにんぎょう)」。そして、さまざまな飾り物に幸せの願いを込めて天井から吊るした「傘福」。期間中は、酒田雛街道「街あるきマップ」を観光案内所、市内観光施設、各展示会場で配布しています。
湊酒田 加藤家のお雛様
 旧家加藤家のお内裏様は江戸後期・江戸製の古今雛。
 男雛43p、女雛40pと大型で目は玉眼、衣装の隅々まで趣向を凝らした豪華さです。洛中洛外図の屏風風、胡蝶の舞の豪華な美しさとともに必見のお雛様です。

酒田観光物産協会>>http://www.sakata-kankou.com/

 着物の染料、 最高級品として 珍重された紅花。 現在では健康食品としても 注目を集めています。

  山形県は、江戸初期には質・量ともに日本一の紅花産地として栄え、最盛期には全国の生産量50〜60%を山形産が占めていました。最上川の舟運で最上と庄内が、さらに北前船によって庄内と京都や大坂が深く結びつき、商人たちは、酒田から米や紅花を京へ出荷し、京からの帰り荷として雛人形や日本酒を持ち帰り、各地で広く商売をしていました。行きで儲かり、帰りでも儲かるとのことで、この商売は「ノコギリ商売」と呼ばれたということです。


「まゆはきを俤(おもかげ)にして紅粉の花」の句は、芭蕉が奥の細道の旅の途中、山形を訪れた時に詠んだものです。

 京都、加賀に続いて多くは北前船が運んできた「種」から育った在来野菜(伝統野菜)が今、注目されています。

 その一つ「藤沢かぶ」は庄内を代表する伝統野菜です。
作家藤沢周平のペンネームの由来となり、鶴岡市藤沢地区でのみ作られる希少な在来野菜「藤沢かぶ」は伝統的な焼畑農法によって栽培され、 濃いピンクと白の綺麗なグラデーションが美しいかぶです。

焼畑農法とは?
 熱によって土壌が改良され、除草・殺菌されるために無農薬栽培ができる有機農法です。
 7月、畑が均一に焼けるように、また周囲の山林への延焼を防ぐため、入念に山払いをします。毎年8月中旬の深夜2時頃から山焼き作業は始まります。斜面の上部から火を点け、徐々に焼いていきます。周囲の木に放水をするなど細心の注意を払いながら明け方頃まで作業を進めます。そして、火がまだ燻っているうちに種を蒔きます。熱いうちに蒔くのです。これは地熱で種の外皮を刺激して発芽を促すためで、それから約45日後、藤沢かぶは収穫の時を迎えます。

@河村瑞賢A西の堺 東の酒田Bお雛様と食文化C幻の米亀ノ尾D庄内の観光

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